──「伝える」から「共に理解する」へ
「伝えること」は、ゴールではなくスタートです。
どれほど丁寧に説明しても、相手が理解し、納得し、共感して初めて“伝わった”といえます。
この「理解のプロセス」を双方向に設計する──つまり「双方向のコミュニケーションによる理解」は、
私たちが制作物を制作する上で最も気になるテーマのひとつです。
一方通行から双方向へ
従来の情報伝達は、“伝える側”と“受け取る側”に明確な境界がありました。
しかし、現代のコミュニケーションにおいては「どう伝えるか」だけではなく、
「どう一緒に理解していくか」が求められています。
医療や研究の分野では、専門知識を一方的に提示するのではなく、
相手が自ら理解し、納得できるプロセスをどう設計するかが重要になっています。
双方向のやり取りを通して“腹落ちする理解”を生み出すこと──
それこそが、次の時代の「伝える力」だと私たちは考えています。
現場から見える双方向のデザイン
最近、医療現場のプレパレーション(事前説明)の取り組みの中で、
子どもたちが自分自身の治療を“自分ごと”として理解できるよう支援する試みを知りました。
そのアプローチでは、入院から退院までの流れをイラストで可視化し、
子どもが自分の駒を動かして治療のステップを体験するような仕組みを設けていました。
視覚的な理解を助けるだけでなく、
「今どの段階にいるのか」「次に何が起こるのか」を見通せる安心感を生み出しています。
このようなデザインの本質は、「説明」ではなく「対話」にあります。
つまり、医療従事者からの一方的な情報提供ではなく、
子ども自身が理解を深め、能動的に関わるための“参加型コミュニケーション”です。
イラストが担っているのは、単なる図解ではなく、
医療者・子ども・家族が同じイメージを共有するための媒介です。
共通の絵を見ながら対話が生まれることで、
不安が軽減され、信頼が育まれ、治療が“自分の選択”として受け入れられていく。
そこには、まさに「双方向の理解」が形をもって現れています。
※本記事の内容は、医療現場で実践されているプレパレーションの取り組み(例:大阪市立総合医療センターの「にゅういんラリー」など)を参考にしています。著作権や肖像権に配慮し、独自の視点から再構成しています。
大阪市立総合医療センターの「にゅういんラリー」など
状態をデザインするということ
先日、小学校のトイレで興味深い“デザイン”を見かけました。
スリッパを置く場所にベニヤ板で足型の形がくり抜かれており、
そこにスリッパを戻すと、まるで「ぴたり」とハマるように収まる仕組みです。
誰かが「ここに置いてください」と説明しなくても、
その形状が自然と行動を導き、秩序を生み出していました。
これもひとつの“理解のデザイン”です。
人は、形や配置、わずかな手がかりから「状態」を読み取り、
言葉を介さずに共通の理解をつくり出すことができます。
このように、視覚による理解の誘導は、
イラストレーションやアニメーションが果たす役割にも通じています。
それは「正しい位置に導く」だけでなく、
見る人が自然に行動し、納得できる“体験の仕組み”なのです。
「わかる」ということの本質へ
私たちが日々制作を行う上で大切にしているのは、
単に“情報を正確に伝える”ことではありません。
むしろ、「どうすれば人が自ら理解できる状態を作れるか」という問いです。
佐藤雅彦さんは著書の中で、
「わかるとは、物の見方を示すだけでなく、それを得たときに生き生きと生きていける意欲と希望をも得ることだ」
佐藤雅彦 著書『新しい分かり方』(中央公論新社)
と述べています。
つまり「わかる」とは、受け身の理解ではなく、
自分の中でつながり、納得し、行動へと変わる力。
その瞬間こそが、“腹落ちする理解”の本質であり、
双方向のコミュニケーションが目指す地点でもあります。
イラストがつくる「理解の体験」
イラストやアニメーションは、情報の翻訳装置ではなく、
理解を生み出す“体験のデザイン”です。
視覚的な共有によって、受け手の中に「気づき」が生まれ、
伝える側にも新しい発見や発想が生まれる。
それは「伝える側」だけでなく「受け取る側」も主体となる、
双方向のコミュニケーションデザインといえます。
私たち有限会社エイドは、医療・研究・産業の現場で、
こうした“理解をデザインする”取り組みを続けています。
イラストが言葉を越えて、人と人の理解をつなぐ。
その力を、これからも追求していきます。
・MDPI (2024) Interaction and Value Co-Creation: A Meta-Analysis
・J-STAGE (2023) 企業と顧客の意見交換がもたらす価値共創の実証研究
・佐藤雅彦『新しい分かり方』(中央公論新社, 2017)
