─ 認知行動工学とヒューマンエラーについて
前回の記事では、大阪大学 CiDER にて開催された認知行動工学研究分野キックオフシンポジウムを通じて、「立場によって見えている景色が違う」という“すれ違い”の構造について整理しました。
実際の医療現場でも、
- 「説明したはずなのに伝わっていない」
- 「図を見ているのに操作を誤る」
- 「理解していると思っていた」
といった場面は少なくありません。
そして今回の講演の中で、もう一つ非常に印象的だったのが、
「人は、理解していなくても“理解したつもり”になってしまう」という問題でした。
人には「直感的な判断」と「慎重な判断」がある
講演では、Daniel Kahneman の「システム1」「システム2」という考え方についても紹介されていました。
システム1は、経験則を使って素早く判断する直感的な思考。
一方システム2は、意識的に注意を向けながら慎重に判断する思考です。
例えば日常生活でも、
- 慣れた道を運転する
- よく使う機器を操作する
- 見慣れたUIを使う
といった場面では、多くの場合システム1による直感的な判断が行われています。
これは決して悪いことというわけではなく、人間が大量の情報を効率よく処理するためには、むしろ必要な働きとも言えます。
ただその一方で、
- 「いつもの操作だと思った」
- 「確認したつもりだった」
- 「理解していると思っていた」
という、“つもり”によるヒューマンエラーも起こりやすくなります。
実際、慣れている作業ほど確認を飛ばしてしまったり、「たぶん大丈夫だろう」という感覚で操作してしまうことは、誰にでもあるのではないでしょうか。
新人看護師と指導者では「見えている景色」が違う

講演では、この認識の違いについて、新人看護師と指導者を「森の見え方」に例えたイラストで説明されていました。
新人看護師側は、森の中を歩いているような一人称視点で表現されており、目の前の木や足元の状況は見えていても、森全体の構造までは把握できていない状態です。
一方で指導者側は、森全体を上空から見下ろすような鳥瞰視点で描かれており、
- どこに危険があるか
- どこへ進むべきか
- どこを優先して見るべきか
といった全体像が把握できています。
同じ現場にいても、見えているもの自体がかなり違っている、という説明だったのが印象的でした。
例えば指導者側には、
- どこに危険が潜んでいるか
- どの数値を優先して確認すべきか
- なぜその確認操作が必要なのか
といった全体像が、経験の中で自然に把握できるようになっています。
そのため、確認や判断も半ば無意識に行えるようになっています。
一方で新人側は、操作手順そのものは理解していても、
- 何が重要なのか
- なぜ確認する必要があるのか
- どこに注意すべきなのか
まで十分に結びついていないことがあります。
こうした状態では、「手順通りに操作したつもり」でも、実際には危険因子を見落としてしまうことがあります。
これは単純な知識不足というより、“見えている景色そのものが違う”ことで起きる問題なのかもしれません。
医療機器は「安全性」を前提に設計されている
最近の医療機器は、単に機能を追加するだけではなく、ヒューマンエラーを防ぐことや医療安全を重視した設計思想のもとで開発されるケースが増えています。
例えば輸液ポンプでも、
- 危険な設定値への警告
- 入力ミスを防ぐ設計
- アラート表示
- 操作制限
- 履歴管理
など、安全性を高めるための様々な機能が搭載されています。
一方で、機能や設定項目が増えることで、「機器側が安全を担保してくれている」という安心感から、実際に行っている医療行為に潜む危険因子への認識が薄れたまま操作が行われる可能性もあります。
その結果、
- 「読んだつもり」
- 「理解したつもり」
- 「操作できているつもり」
によるヒューマンエラーが起こることもあります。
機能や情報が増えれば安全性も高まるように思えますが、実際には、情報量が増えることで「分かったつもり」になってしまう場面もあるのかもしれません。
なぜ説明書にはイラストが必要なのか
こうした背景から、医療機器の説明書では、単に情報を並べるのではなく、
- どこを見るべきか
- 何を優先して理解するか
- どの順番で操作するか
を含めて設計する必要があります。
私たちが制作している医療イラストや説明図も、単なる「見た目を整えるための絵」ではなく、
“人が誤認しにくい状態を作る”ための役割を持っています。
例えば、
- 重要部分を強調する
- 不要な情報を省略する
- 色で役割を分ける
- 視線誘導を設計する
といったイラストにおける調整は、単なるデザインではなく、「理解しやすさ」の設計とも言えるかもしれません。
実際、現場では「正しく描くこと」以上に、
- どう見えるか
- どこで誤解されるか
- どこを見落としやすいか
を意識する場面も少なくありません。
こうした「理解しやすさ」や「誤認しにくさ」を考慮した医療イラスト・説明図制作については、こちらでもご紹介しております。
「理解したつもり」を前提に設計する
今回の講演を通じて特に印象的だったのは、
「人は、同じ情報を見ていても、必ずしも同じようには理解していない」という点でした。
特に、新人看護師と指導者との例にもあったように、経験や立場によって「どこを見るか」「何を危険と感じるか」が大きく異なることで、認識のズレや見落としが起きる可能性があります。
これは医療機器だけではなく、説明書やUI、そして情報そのものの設計にも深く関わっているように感じます。
私たち自身も、医療イラストや説明書制作を通じて、
「どう描くか」だけではなく、
「どうすれば誤認されにくくなるか」
「どこで認識がズレる可能性があるか」
そうした視点を、これまで以上に意識していく必要があるのかもしれないと、改めて感じました。
有限会社エイドでは、医療機器・説明書・研究分野における「理解しやすさ」を重視した医療イラスト・3DCG制作を行っています。

