2026年5月9日(土)、大阪大学・日本財団感染症センター(CiDER)1F大ホールにて開催された、「認知を変え、行動を変え、社会を変える ─ 認知行動工学分野の挑戦」と題した認知行動工学研究分野キックオフシンポジウムへ参加してまいりました。
当日は、「認知行動工学のビジョン」をテーマに、なぜ“すれ違い”が起きるのかを、認知や行動の構造から読み解くという内容についてお話がありました。
私たち有限会社エイドでも、医療イラストや説明書制作を通じて、「どうすれば複雑な情報を理解しやすく伝えられるか」という課題に日々向き合っています。
そのため今回のお話は、単なる学術的な内容というよりも、実際の制作現場で感じている「伝えたつもり」と「伝わった」の違いを改めて考える、大変興味深い内容でした。
今回の記事では、シンポジウムを通じて感じた「認知行動工学」と「医療イラスト・説明書制作」の接点について整理してみたいと思います。
─ 認知行動工学と医療イラストの接点について
シンポジウムでは、「人はなぜ理解を誤るのか」「なぜ説明しても伝わらないのか」といった問題について、認知や行動の構造から読み解くというお話がありました。
その内容を聞きながら、私たちは日頃の医療イラスト制作や説明書制作の現場で感じていることを何度も思い浮かべていました。
例えば、開発側には当然に見えている構造が、使用者側にはまったく違うものとして認識されていることがあります。
また、「説明したはずなのに伝わっていない」「図を見ているのに操作を誤る」といった場面も、実際の現場では珍しくありません。
そうした中で、シンポジウム中に特に印象的だったのが、「すれ違い」という考え方でした。
例えば、
- 患者と医療者とのすれ違い
- 指導者と新人のすれ違い
- 制度と現実のすれ違い
- 人間と技術のすれ違い
- 知識と実践のすれ違い
など、一見すると別々に見える問題も、
「立場によって見えている景色が違う」
という共通構造を持っている、というお話がありました。
これは単なるコミュニケーション不足というより、
「同じものを見ていても、相手と自分では理解の前提そのものが違う」
という、人間の認知に関わる問題として語られていた点が非常に印象に残っています。
医療イラストの現場でも起きている「すれ違い」
この話を聞きながら、日頃の医療イラスト制作や説明書制作の現場を思い浮かべていました。
例えば医療機器の説明では、
- 開発者側には当然に見えている構造
- 医療者側では理解済みとされる手順
- 技術者側が前提としている知識
が、使用者側には全く異なる形で認識されていることがあります。
例えば輸液ポンプの使用現場では、医療機器のデジタル化が進み、単純に輸液を行うだけではなく、
- 転送による投与量や流量の数値入力
- デジタル機器と連動した各種アラート
- 他機器との通信機能
- 使用履歴の管理
など、多くの機能を持つ機器が増えてきています。
その反面、
「このケースでは使えるが、別のケースでは使えない」
といった条件分岐や運用上の制約も増え、現場では、
- 「説明したはずなのに伝わっていない」
- 「図を見ているのに手順を誤る」
- 「どこを見ればよいのかわからない」
といった場面も少なくありません。
実際、設計者側には当然と思えることでも、医療者側からすると「何が重要なのか分からない」というケースは意外と多くあります。
これは単純な情報不足というより、
“見えている世界そのものが違う”
ことで発生しているように感じます。
「理解したつもり」はなぜ起きるのか
講演では、Daniel Kahneman の「システム1」「システム2」の話も紹介されていました。
システム1は、経験則を使って素早く判断する直感的な思考。
一方システム2は、意識的で慎重な判断を行う思考です。
新人看護師と指導者とのやり取りの中では、指導者側には「全体像」が見えていても、新人側にはまだその景色が見えていないことで、すれ違いやヒューマンエラーが起きるという話がありました。
これは説明書や医療機器の使用場面でもかなり近い問題だと感じます。
作る側は、
- ここを見るだろう
- この順番で理解するだろう
- この程度は分かるだろう
と考えていても、実際には使用者側は全く異なる認知状態にあることがあります。
つまり、「理解したつもり」で設計してしまうこと自体が、すれ違いの原因になってしまうのかもしれません。
なぜ説明書には写真ではなくイラストが使われるのか
医療機器や工業製品の説明書では、写真ではなくイラストが使われることが少なくありません。
一見すると、写真の方が「現実そのまま」で分かりやすいようにも思えます。
ただ実際には、写真は情報量が非常に多く、
- 背景
- 反射
- 質感
- 配線
- 周辺部品
- 陰影
などが同時に視界へ入るため、「どこが重要なのか」が分かりづらくなることがあります。
特に医療機器のような複雑な構造では、
“現実を正確に見せること”と、
“人が理解しやすいこと”
は必ずしも一致しません。
そのため説明用イラストでは、
- 必要な部分だけを残す
- 不要な情報を省略する
- 色で役割を分ける
- 見せたい順番を整理する
- 内部構造を断面化する
- 視線誘導を設計する
といった調整が行われます。
つまりイラストは、単なる簡略化ではなく、
「人が理解しやすいよう情報を再構成する」
ための手段とも言えるのではないかと思います。
「理解の壁」を越えるために
今回のシンポジウムでは、「すれ違い」は単なるコミュニケーション不足ではなく、人間の認知構造そのものから生まれる可能性がある、という点が非常に印象的でした。
また、私たちが日頃の制作現場で感じている、
- 「説明したはずなのに伝わらない」
- 「見ているのに理解できない」
- 「立場によって見えている景色が違う」
といった問題も、単なる情報不足ではなく、“認知の構造”として整理できるのではないかと感じました。
医療機器や説明書の世界では、情報を増やせば解決するわけではありません。
むしろ、
- どこを見るべきか
- 何を優先して理解するか
- どう行動するか
まで含めて設計する必要があります。
今回のお話は、私たちが長年取り組んできた医療イラストや説明書制作という仕事を、また少し違った視点から見直すきっかけになったように感じています。
そしてもう一つ興味深かったのが、
「人は、理解していなくても“理解したつもり”になってしまう」
という問題です。
次回は、講演内でも紹介されていた「システム1」「システム2」の考え方や、なぜヒューマンエラーが起きるのかという点について、医療説明書やイラスト制作の視点も交えながら整理してみたいと思います。




