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Brooklyn_Museum_-_Crow_on_a_Branch_-_Kawanabe_Kyosai

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Kawanabe_Kyosai_Renshishi2

English: painted by Kawanabe Kyosai “Renjishi”

Daikoku_with_Rats_by_Kawanabe_Kyosai_English: Daikoku with Rats Pulling a Radish Mikoshi by Kawanabe Kyosai (1831-1889)

河鍋暁斎 [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons
先日TVを見ていて初めて知った河鍋 暁斎。勉強不足で知らなかったのですが、絵の熱量にかなり衝撃を受けました。気になったのでメモを取って少し調べてみると弟子のジョサイアコンドルというイギリス人建築家は鹿鳴館を設計した人物だとか。このコンドルという人が記した記録がまた凄く、絵の描き方や技法に到るまで事細かに記してあるんだとか。器用な画風と多彩な才能。一瞬で気になる存在です。

河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい、「ぎょうさい」とは読まず、「狂斎」の号を使っていたことから、「きょうさい」と読む。天保2年4月7日1831年5月18日〉 – 明治22年〈1889年4月26日)とは、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師ジョサイア・コンドル

Josiah Conder1852年9月28日1920年6月21日) はイギリスロンドン出身の建築家お雇い外国人として来日し、政府関連の建物の設計を手がけた。また工部大学校(現・東京大学工学部建築学科)の教授として辰野金吾ら、創成期の日本人建築家を育成し、明治以後の日本建築界の基礎を築いた。のちに民間で建築設計事務所を開設し、財界関係者らの邸宅を数多く設計した。河鍋暁斎に師事して日本画を学び、趣味に生きた人でもあった。「コンドル」はオランダ風の読み方で、「コンダー」の方が英語に近い。著書『造家必携』(1886年)には「ジョサイヤ・コンドル」とあり、政府公文書では「コンダー」「コンドル」が混在しているが、一般には「コンドル先生」で通っている。「コンデル」とも呼ばれた。

  • 河鍋 暁斎」「ジョサイア・コンドル」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。最終更新 2013年12月14日 (土) 13:12(日本時間)現在での最新版を取得。

 

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